【1/13発行】にょろえもんマガジン【第4号】

今回もギリギリの投稿になってしまいました。

わざとやってるんじゃないんだけど、どうしてもこの時間になってしまう。

23:54。

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今週のニュース

「カイロ」や「湯たんぽ」の低温やけどに注意 気づかぬうちに重症化も:ウェザーニュース

下手すると皮膚移植が必要になるほど重症化することもあるという。

僕も電気毛布をつけっぱなしで寝ることがよくあるから注意したい。

史上初「うまい棒総選挙」全15種類の1位に輝いたのは?:マイナビニュース

僕の好きな「とんかつソース味」がぶっちぎりトップかと思ったら下から5番目の11位だった。

味覚はホント人それぞれなんだなぁ。。

本はメガネ型の時代に!? メガネ型電子書籍リーダー「Sol」:ギズモード・ジャパン

メガネ型の電子書籍リーダーが今年中に発売される予定らしい。

最近本を読んでると体のいろんな場所が痛くなってくるのでこれはちょっと欲しいかも。

今以上にド近眼になりそうな気もするけど、そのへんはどうなのかな?

ひろゆき、占い師に忖度なしのガチ質問「適当なこと言って金取るのって罪悪感ありません?」:モデルプレス

不覚にもタイトルで笑ってしまった。

「お前が言うな」というツッコミを期待した自虐ネタなのかな?

今週のつぶやき

「他人に迷惑をかけてはいけない」

この言葉は昔から美徳のように語られることが多い。

だがこれは利己主義(エゴイズム)の変形である場合が少なくないと感じている。

要するに、外形的には「思いやり」という姿をしている言動も、その真の目的は自分が得するため、あるいは不利益を被らないためであるケースが多いんじゃないかという話だ。

別に自分の利益を求めたり不利益を避けたりするのは決して悪いことじゃないし、僕も含めて誰もが多かれ少なかれ利己的に生きている。

だがそれをあたかも「周りのため」であるかのように見せる人間が多いのがどうも引っかかるのだ。

たぶんピンと来てない人も多いと思うから、いくつか具体例を出してみる。

利己主義の変形であることが分かりやすい例が「お前のためを思って言ってるんだぞ」というセリフだろう。

このセリフを使う人間には自分の価値観を押し付けて相手をコントロールしたいという欲求がたいてい根本にある。

つまり自分の利益のために言ってるのだ。

本当は自分のためにやってるのに、あたかも相手のための行動であるかのように美化する狡さ。

そしてその狡さに無自覚である鈍感さが癪に障るのである。

もう一つ例を挙げてみよう。

日本のマスク着用率は世界でも抜きん出てる。

罰則無しでここまで“自粛”ができる国は世界中を見渡しても珍しい。

これを「日本人の優しさ」だとか「他人に迷惑をかけないための思いやり」だなんて捉える人がいるが、僕はここにも巧みに変装した利己主義がひそんでると思っている。

つまり他人に迷惑をかけないというのが一番の動機ではなく、以下が本当の動機であるケースも多いのではないだろうか。

  • 自分や身内が感染することが怖い(身内の幸福もそれが自分の幸福につながるなら自己利益に入る)
  • 他人から迷惑に思われた結果、自分が嫌われたり危害を加えられるのが怖い
  • 自分が非常識な人間だと思われたくない

いずれも自分のための行動である。

それを自覚していれば別に問題はないのだが、どうも僕の見る限り自覚していない人間が少なからず存在するように思える。

このようなことを書くと以下のように反論する者もいるだろう。

「自分のためじゃなく他人にうつしてしまうリスクを考えてるんだ」

「コロナを終息させるためにみんなで頑張ってるのがわからないのか」

ネットを見るといまだにこんな意見が多いのだから恐ろしい。

彼らの多くは「コロナはいずれ終息する」という何の根拠もない楽観的妄想を疑うことなく、外出自粛やマスク着用が国民全体の幸せにつながると確信している。

「経済も大事だけど今はまだその時期じゃない」

「もう少しコロナが落ち着いてから……」

そんなセリフを3年間言い続け、国民のほとんどがマスクをしていても一向に終わりが見えないこの現状で、今後状況が好転すると思える根拠は一体どこにあるのか。

そもそも本当に彼らは経済の大事さを理解しているのだろうか?

中国のように無理やり封じ込めたところで一時しのぎに過ぎず、封じ込めを解いた途端感染が爆発している。(本当に封じ込めてたのかどうかも怪しいが)

ゼロコロナ政策はただイタズラに人々から自由を奪い、経済を傷めつけただけでなく、免疫力の低下により余計症状を悪化しやすくさせた可能性すらある。

結局のところ他の病気や車の運転と同じように、ある程度のリスクは受け入れるしかない。

話が少しそれたが元に戻そう。

僕はコロナ禍で語られる「思いやり」の多くは、冒頭で話した「利己主義の変形」なのではないかと疑っている。

その根拠は次の3つだ。

まずひとつは「思いやり」を語る人間の攻撃性である。

僕の見たところ、思いやりを声高に主張する人ほど価値観の違う人間に対して攻撃的な言動を取ることが多い傾向がある。

なかには「こいつがコロナに感染して苦しめばいいのに」なんて発言も珍しくない。

他人への思いやりを説く一方で、自分と考えの異なる人間には一切思いやりのない言葉を浴びせている光景を見ると、本当にその人は他人への思いやりから行動してるのか疑わしく思えるのである。

2つ目は自分以外の人間が得をする政策への反発の強さだ。

たとえばGoToキャンペーンや全国旅行支援は、コロナでもっとも打撃を受けた旅行業界への支援政策である。

旅行業界は価格弾力性が高く、おまけに関連する飲食店などにも好影響があるため、直接金を配るよりも断然効率のいい政策と言っていいだろう。

ところが思いやりを主張する人間にはこの政策に反対する者が多いのである。

本当に他人への思いやりが強い人間なら、瀕死状態の旅行業界で働く人たちが救われるのは喜ばしいことではないのだろうか?

だが聞こえてくるのは

「旅行なんて金持ちしか行かない」

「金持ちじゃなくて本当に困ってる人(自分)に金を配れ」

という声ばかりなのだ。

この政策を金持ちに向けた支援だと勘違いしてしまうぐらい、旅行業界で苦しんでる人々に無関心なのである。

(GoToで感染が拡大したという主張をする人間がいまだに多いが、統計を見る限り因果関係は認められない)

3つ目は自粛やマスク社会によって苦しむ人の存在を完全に無視していることだ。

自粛により職を失う人、精神を病む人、他の病気にかかる人、一度しかない学生生活を台無しにされた人、生活が困窮する人、体質でマスクが付けられない人……

そういった人たちへの思いやりは一切見受けられない。

それどころかマスクを着用していない者や、非科学的な自粛ムードに疑問を投げかける者を「非常識で迷惑な存在」だと糾弾する風潮すらある。

このように自分に都合の良いときだけ発動する「思いやり」は果たして本当に「思いやり」と言えるのだろうか?

それは「思いやり」という衣装をまとった利己主義のように思えてならない。

今週のおすすめ本

村田沙耶香さんの芥川賞受賞作品。

かなり易しい文体なので読書習慣がない人でもたぶんサクッと読める。

逆に文学作品を多く読んでる人はやや物足りなさを感じるかもしれない。

内容はコンビニで働く変わり者の主人公(36歳)と彼女を取り巻く「ふつうの人たち」とのやり取りを描いている。

「ふつう」じゃない人生を送ってきた人は理解できる部分も多いんじゃないだろうか。

どことなくカミュの『異邦人』を彷彿とさせる話。

今週のおすすめ漫画

登場人物も読者も意味がよくわからないままゲームが始まり、よくわからない生物に仲間がどんどん消されていく。

次の展開が予測できずついついページをめくってしまう作品。ただ若干グ口い。

余談だがドクターストーンの主人公を見ると、どうしてもこの作品に出てくるネギ星人を連想してしまう。

今週のおすすめアイテム

カナル型イヤホンのような形をした耳栓。

通常の耳栓のようにネジネジする必要がなく、耳への違和感も少ないため気軽に使いやすい。

寝るときにも使えるし、洗って何度でも使用できるので衛生的にも良い。

ただ紛失して見つからないときは最高にイライラするので注意。

今週の偏見

個人的な偏見をつぶやく新コーナー。

どうでもいいことに対して敏感な人間ほど肝心なことに対して鈍感である

by にょろえもん

今週の疑問

今の時代に名字なしで2文字ぐらいの芸名をつけてデビューさせる事務所はネット検索を使ったことがないのだろうか?

検索しづらくてしょうがないんだが??

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